2014年03月

2014年03月24日

拗ねていては、愛も、お金も、信仰も手に入らないのかも

最近、幸福の科学がますますつまらない。

マレーシア航空機の遭難についての透視を行ったはいいが、
世界中で誰も相手にせず捜索はもっぱら今なおインド洋で行われている。

一度くらい透視どおりになってくれてもいいのに・・・。


そんな感じで塞ぎ込んでいたらなんと!

キムタクの守護霊メッセージ!

OHooo!

と思ったが、もういい。
どうせどこの馬の骨かわからん霊が喋っても
おんなじようなことしかいわんだろう。


な~んてことおもっていたらこんな文章みっけた。


拗ね、とは




「自分の素晴らしさをわかってもらえない時」に起こります。

「素晴らしい自分を、優先してもらえなかった時」の悲しさです。


つまり

「素晴らしい自分を、素晴らしい自分にふさわしい大切な扱いをしてもらえなかった」ときに


「悲しくて、悔しくなって、でも、カッコ悪くてそんなこと言えなくて、気づいてくれなかった相手に八つ当たりしている」



のを、拗ね、というのです。

  


「ほんとは、私のほうが、すごいのよ」

「ほんとは、私のほうが、優しいのよ」


「でも、出遅れたの」

「出遅れたから、わたしの素晴らしさをわかってもらえなくて悲しくて悔しいの」


そして、それを「言えない」ときに、拗ねます。


言えないのは、

かっこ悪くて、恥ずかしくて、バカにされそうで怖いから。


で、がんばって、やっと「嫌味」ぐらい。

「強がり」ぐらい。


もしくは「あきらめる」ぐらいしかできなかった。


もしくは、相手を馬鹿にして、傷つけようとするぐらいしかできない。

 


痛いところ突かれた感じ。

あぁ、そうか。

幸福の科学に八つ当たりしてるのかぁ。

自分を大じにしてくれないのが気に入らないんだ。
なるほどねぇ。

わがままな奴。

これじゃ、そこらのアンチと同じジャン。
心について学んだつもりなのにカッコ悪すぎ~!

w5wylmrr at 12:21|Permalink宗教 | 心屋仁之助

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